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満天の星

子供の頃、
両親が商売を営んでいたため、
学校が終わると自宅ではなく、両親のいる店へ帰っていた。
夜7時頃、店を閉めると、
父親のバイクに乗せられて家に帰っていた。

まだ、小学生だった私は、
その小さい腕で父親の背中にしがみつきながら、
毎日、空を見上げていた。

あれがオリオン座、北斗七星、北極星。
北斗七星はおお熊のしっぽ。
今日は満月、赤く見えるのは火星。


「あぶないからちゃんとつかまりなさい」
そう言われても、
ひっくりかえりそうなくらい、顔を上に向けて、
夢中になって星空を見ていた。

その当時はまだまだ、街のネオンも少なく、
空には、満天の星。


震災の夜。
サイレンだけが響き渡る中、
天は静まり返って、
ネオンや家の明りのない、漆黒の闇の中に満天の星。


恐怖と不安の中、
余震に怯えながら見上げた、その満天の星を美しいと思った。


例えば、
地震も星空も、同じ自然の力なのだけれど、
そんな自然への畏怖とか畏敬とか、
あるいは、悲嘆とか憎しみとかそんな激しい情動を伴うような感情や感動ではなくて。

ただ、呆然と、
美しいなぁ、と思って見つめていた。

そしてなんとなく、子供の頃にみた星空を思い出していた。


あの時は、地震がこんな大きな災害だって知らなかった。
知っていたら、あの星空は、もっと違って見えたのかな。


あの時の、星を美しいと思った気持ちは何だったのだろうと、
ずっと考えている。







地震 その時

今回の震災で、お亡くなりになった方々のご冥福を心からお祈りします。
被害のあった地域の一日も早い復旧、復興を願ってやみません。


311-1
3/11日の夜 自宅より南側 撮影  光は渋滞する車のライトの反射
すごいと思ったのは、どんなに渋滞していてもみんな1車線だけに並んでいる。
だから、緊急車輌は、がんがん2車線を飛ばしていける。

2011_0320写20113210093
3/11日の夜 自宅より北側 撮影  明りのあるビルは東北電力社屋(自家発電と思われる)
遠くに見える赤い光はコンビナート火災
  
2011_0320写20113210130
3/20 自宅より南側 撮影

2011_0320写20113210132
3/20 自宅より北側撮影  手前の暗い部分は、広瀬川河畔


3/11日 地震のあったとき、私は仕事で、仙台でも有数の強固な岩盤といわれる、
とある山沿いの住宅街のマンションにいました。

横揺れは、どんどん強くなり、その時間はとてもとても長く感じました。

私のいた場所は本当に強固な地盤だったためか、
正直、地震が終わって外に出てからも、その時はここまで大きな被害の出る地震だとは思いもしませんでした。
実際、私は地震の最中も歩いて移動していました。
地震の揺れは、とっても気持ちの悪い、今まで体験したことのないような長い揺れでしたが、
一緒にいる人と「地震、長いですね」なんて話す余裕まであったのです。

しかし、同じマンションから出てきた住民から見せられたケイタイの震度7、大津波警報に驚き、
急いで会社に向かいました。
その戻る途中に、何度か襲った余震や、神社の倒壊した石の鳥居を見て、
これはただ事ではないと思い始めました。

もう、そら君のことが心配で心配でしょうがなかった。

会社に戻ると、すでに会社はもぬけのからでした。
誰のクルマもいなくなった駐車場をみて、
地震の大きさを本当に実感しました。

荷物だけ戻そうと社屋にもどったとたんに、また大きな余震が襲い、
その揺れの大きさに、荷物をおくどころか、あわてて車に飛び乗り、自宅に向かいました。

帰る途中は信号もすべて止まっていて、
けれど、私は幸運にも、渋滞が始まる直前に自宅に戻ることができました。

マンションの下から、部屋を見上げると、
鍵を閉めてきたはずのベランダのサッシが開いています。

そら君が、パニックになってベランダに出ていたら!!

もう、半狂乱になって、
避難のため非常階段を降りてくる人たちとは間逆に、
必死になって家に向かいました。

ドアを開けて家に入るって、「そら君!」ってほとんど絶叫に近い声で叫んで捜そうとした時、
階段にぴったりとうずくまっていたそら君を発見しました。
もう、私はほっとして泣きそうでした。
家の中は、テレビは落ちているし、ケージは大きく動いているし、
引き戸は外れて倒れているし、大変な状況になっていました。

ごめんね、ひとりで相当怖い思いをしたよね。
本当にぎゅっーとそら君を抱きしめました。

固まっているそら君を、そのまま押さえつけてキャリーに入れて、
急いで、そら君のごはんやペットシーツを袋に、
お兄ちゃん、お姉ちゃんの遺骨をカバンに入れて、
共用の廊下に飛び出しました。

すると、マンションから1階や広瀬川の土手に避難している人たちに向かって、
警察の人が、
「津波が逆流して上がっているから、すぐにマンションの高層階に避難しなさい」
と叫んでいて、住民たちは慌てて戻って来ているところでした。

そんな時。

本当に突然に吹雪になって、
共用廊下から見える外の世界は一面真っ白になり、何も見えなくなりました。
ぞっとしました。
白い闇に閉じ込められたようでした。

どこに逃げていいのかわからないまま、部屋の玄関に戻ると、また大きな余震があり、
わたしはそら君のキャリーの上にかぶさって、
怯えているそら君に、「大丈夫、大丈夫」と話しかけていました。
でも、本心はもう本当にパニックになっていました。
今思えば、この時が一番恐怖で一杯で、途方にくれていたと思います。

それからしばらくして、吹雪が収まった頃、
とりあえず、車にそら君といっしょに避難しました。

今後をどうしようか考えあぐねていたのですが、
車の中にいると、そら君をキャリーに閉じ込め続けなくてはならないので、
ひとまず、本格的に暗くなる前に自宅に戻ることにしました。

家の中はひどい状態でしたが、
懐中電灯だけは常備していたので、
その明りで一晩すごしました。

停電で、仙台の街は真っ暗でした。
一晩中、救急車やパトカーのサイレンの行き来する音がなりやまず、
近くの自衛隊の駐屯地からは、ヘリが離着陸する音が聞こえ続けました。
そんな状況は数日間続きました。

北のベランダからは、暗闇の中に、遠くに何かが燃えている大きな炎
(これは、後日コンビナートの火災とわかりました)
が2箇所あり、立ち昇る炎がはっきり見えたときもありました。

何が起きているのか、状況がどうなっているのか皆目わからない中、
北の空に燃えているものが何かもわからず、
その火事が、徐々に仙台の街を燃やし尽くすのではないかと、
不安で不安で、
すぐに逃げられるようにジーンズを履いたまま寝ました。
今も、玄関にそら君の避難グッズは置いたままにしています。

今回の地震は、とても余震が多く、
その余震も震度4などの余震が続くので、
特に一日目はそら君も怯えていたと思います。

あまりにも余震が多いので、
地震ではない時でも、
ずっと地震で揺れ続けているような感覚が今でも続いています。


二日目と三日目は、会社が休みになったので、
私はずっとそら君と一緒にいました。

ずっと一緒にいることが出来たので、
そら君は三日目には、お腹を出して寝るくらいリラックスしてくれたようです(苦笑)

そして、とても驚いたこと。
テレビまでがひっくり返って落ちていたような揺れだったのに、
棚の上においてあった、お兄ちゃんお姉ちゃんの遺骨は、少しも動いていませんでした。

そら君や私を守ってくれたのだと思っています。

電気がついた瞬間は、ほっとしました。
電気って本当に安心しますね。こんなに暖かい物だってあらためて感じました。


今回の地震で感じたこと、
一つは、地震の最中にいる私達には本当に何も情報がなく、
二日目の夜遅く、電気が通って、
テレビをつけて初めて被害の甚大さを知りました。
驚愕しました。
私の知っている街が、大好きだった場所が、
ありえない景色として広がっていました。


津波の被害も、原子力も、ケイタイで見る情報では実際にどんな状況なのかが少しも伝わらず、
不安だけがつのりました。

誰に聞いても、状況を把握できている人はほとんどいなかったのではないでしょうか。

懐中電灯だけは常備しているようにしていましたが、
あらためて、ラジオの重要性を感じました。

私は電気が通るまでは、何時間かごとに車に戻り、
そこでラジオを聴いていました。
しかし、あまり長い時間そら君と離れていたくなかったので、
じっくりと車でラジオを聴くことはできませんでした。
家の中でラジオを聞けたら、もう少し安心できたかもしれません。


2011_0320写20113210133
ぼくがオカータンをまもったんだよ キリッ


二つ目はこういうときにその人間性が分かるということです。
本当に、しみじみと感じましたね。

自分がどんなにキツイ、辛い状況でも人を思いやる人もいれば、
自分だけを特別に何とかしろとキレる人達もいる。

仙台の海岸地区、石巻地区や気仙沼地区など、
本当に大変な被害を受けている人たちが沢山います。

私は多少不便な生活をしていますが、十分に暖まることのできる家があります。
それだけで十分に幸運だと思います。
幸いなことに、そら君の食料と猫砂は買い置きがあったので、
1ヶ月は大丈夫。


けれど、物資は本当にありません。
ガソリン不足は深刻です。
安否情報もなかなかつかめていません。
仙台ですらそうなのだから、
被害の大きな地域、孤立している地域はとても大変だと思います。

避難やライフライン、物資が不足する状況が長引いてきた今、
どんどんみんなの心がすさんで来ています。
地域によってはかなり治安が悪くなっている話も伝わってきています。


沢山の人たちの助けを私達は実感しています。

二日目に家の前を通る、福井県からの災害救援部隊のバスを見ました。
こんなに早く助けに来てくれるのだと驚きました。
福井に惚れました。嫁に行きたい(笑)。迷惑だと思うけど(笑)。
横浜市営バスが、仙台のバス路線でフツーに乗客を乗せて走っていました。
思わず、にやっとしちゃいました。かっこいいと思いました。
県外ナンバーの電力作業の車や、
災害緊急車輌と手書きされた作業車が沢山走っていました。
そんな人たちを見て涙が滲みました。

中には、自分や家族、親戚が被災している人たちもいると思う。
それでも、私達のために身を粉にしてくれている。

私達のために、電気を消して、我慢してくれている人たちもいる。
遠くから、励ましてくれる人たちがいる。


本当にありがとう。
本当に本当にありがとう。

2011_0320写20113210201
ぼくはさっさと復旧しちゃったよ


そら君の天然パワーに救われています(⌒▽⌒)

無事です

皆様、心配おかけしています。

私もそら君も無事です。

昨日からようやく、
ネットも使えるようになりました。

今は、
なんとか電気も水も使えるようになりました。
(ガスはまだだけど)

まだ、電気や水の使えない地域の友人が、
家に避難しています。
だから、
一人でいるよりずっと心強いです。

そら君もとっても怖い思いをしたと思うけど、
いまはすっかりいつも通りです。

私は今、若干不自由な生活はしていますが、
住むところもあるし、助けてくれる人たちもいて、
とっても恵まれていると思っています。

みんな、みんな頑張っています。
とってもたくましいです。


今回の地震は、
宮城・東北だけでなく、
関東まで大きな被害が出ています。

どうぞ、皆さんも気をつけてください。


身近にも安否のわからないひと達がいます。
被害にあわれた人たちが、
一日も早く安心して生活できる日が来ることを願っています。


もうちょっと落ち着いたら、
今回の地震のことやそら君の様子をUPしたいと思っています。

まずは取り急ぎ、
ご報告まで。

心配してくれて、
声をかけてくれて本当にありがとう。

虹の贈り物

2010_0730写真201007090061

先月、ハワイに行ってきました。
とても素晴らしい晴天に恵まれた旅でした。

最終日、それまでの晴天とうって変わり、
早朝、起きてみたら雨。
どんよりと雲った空から、
霧のように雨が降ってくるような、ぐずぐずとしたお天気。
もう、今日は午前中に出発するし、
外出せずにホテルでゆっくりするつもりだったりので、
昨日までの晴天を感謝しながらベランダに立っていると・・・。

太陽が雲の切れ間から顔を出して、
美しいダブルレインボーが海に架かりました。

ハワイでは、
ダブルレインボーは、
また、ハワイに帰ってくる約束とか、願いが叶うと言うとか・・・・。

この美しい虹の麓に、れお君とるーさんがいるんだね。
僕達はここにいて、とっても幸せだよと言ってもらえたような気がしました。

今回のハワイ旅行は、本当は出発するぎりぎりまで、
特にそら君のことが心配で心配で、
行くなんて言ってしまったことをとても後悔していました。
最も、その、そら君は、
2日目の夜に見たシッターさんのブログでは、いつもどおりで、
しかもシーッターさんになついていて、心配は気苦労に終わりまして。
(いえ、安心したんですけどね。でもちょっとフクザツ(T_T))

れお君が旅立ったばかりで、
そら君をひとりおいて行くのはとても迷ったのですが、
私にとってのターニングポイントになったような気がします。

旅行に行く前の私はすっかり抜け殻状態で、
実際、会社を退職してた人までが人づてに聞いて、
心配して連絡してくれる程ひどかったらしい(本人無自覚orz

今回は念願のハワイ島にも訪れることができ、
とても充実した旅行でした。
たくさんのパワーを貰いました。
このパワーが無かったら、今でもやばかったかも((笑)

今回、旅に出て、
本当に回りの人たちの優しさを実感しました。
一緒に旅していた人たち、、
いつもこのブログをみて声をかけてくれたり、気にかけてくれた人たち。
本当に本当にありがとう。

壊れちゃった

ようやく仕事も落ち着いてきてブログ復帰できるかなぁと思い始めた先月終わり頃・・・・。
突然ウインドウズが立ち上がらなくなり、
自分なりにいろいろ試してみましたが全然ダメで
サポートに連絡したら、なんとかカードの交換が必要とのこと・・・・。

それが連休前のことです><
修理は連休後になるので、今まったくネット環境のない状況で生活しています。
修理が終わるのは早くて今月中旬くらいかもしれません。クスン

しかも、部品を交換してもダメならOS再インストールということで、
お休みはデータの救出作業にあけくれそうです。
いろいろなソフトの再設定が出来るか不安なので、部品交換だけで済むといいなぁ・・・。

そら君はオカータンが遊んでくれる時間が増えて目がキラキラして嬉しそうですが、
オカータン的にはとってもとほほです。
定額給付金は修理費用に消えます><。

今日は奇跡的に会社で時間がとれたのでこっそり更新しています。
みんなのところにも遊びに行きたいのになぁ。
ネットが無い生活は実際辛いっす~。

そんな訳で、音信不通状態がまだ続きますが、るーちゃま家は全員元気ですのでご安心を!


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2007_0109蜀咏悄30050_convert_20080224203359
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2011年9月 保護する。 5人兄弟の紅一点。 おしゃまで気ままなお嬢様。 女王様キャラの予感がびんびん・・・。
ロータス
2011年9月 保護される。 猫も人も大好きの甘えん坊。 しかもイタズラ大好き。 るーちゃま家のシロアリ君とも 呼ばれている・・・。
プロフィール

るーちゃま

Author:るーちゃま
広瀬川のほとりに3匹のにゃんずと暮らしています。

コメントについて

いつもコメントありがとうございます。 皆さんのコメントは大変励みになっており、 ありがたく拝見させていただいていますが、 ただ今個別のコメントのお返しをお休みしています。 それでもいいよ~という方は是非コメント頂けると嬉しいです。

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